スカ/ロックスティディに一時代を築いたレーベル"Studio 1"の総帥Coxson Doddが亡くなった。
Blue Noteというジャズのアイコンとなるようなレーベルがあるように、ロックスティディと呼ばれる音楽にはStudio 1というアイコンがあった。ダブを作り出したのはキング・タビーだということになっているけれども、タビーがダブを作り出すきっかけとなったジャマイカのサウンドシステムにおけるSpecial(もしくはDub Plate)を50年代の終わり頃に初めて作ったのは、コクソンのサウンドシステムだと言われている。今月来日するプリンス・バスターももともとコクソンの用心棒として活躍し、その後に歌手デビューという経歴を持っているし、あのリー"スクラッチ"ペリーもそのキャリアをスタートさせたのはコクソンのサウンドシステムからだ。そのサウンドシステムの名前は"Sir Coxson's Down Beat the Ruler"。
奇しくも僕がこの訃報を聞く1日前、東京でDown Beat Rulerというイベントが行われていた。ホストとなるバンドはSka Flames。10年以上前からすでに下北沢のクラブZooの看板として活躍していたバンドだ。Ska Flamesはニューウェイブの頃に流行った2Tone スカではなく、オリジナル・ジャマイカスタイルに忠実なオーセンティック・スカバンドの草分けとして当時から絶大な人気を誇っていた。Double Famousが結成されたのも下北沢Zoo(後にSlitz)で、自分たちでやっていたイベント"brilliant colors"においてだったが、僕らのライブは集客もあんまりなくて友達ばっかりだったのに比べ、Ska Flamesがライブをやるとなると3列縦隊でZooから下北沢の駅まで行列ができるほどの盛り上がりようだった。
レゲエを聴いて楽器を始めた僕としては、やたらジャンルにこだわる「日本のジャズミュージシャン」に違和感を持っていたこともあって、Ska Flamesは好きなバンドだった。他の音楽をあまり知らなかったこともあるけど、とにかくスカやレゲエのレコードばかりを買い漁っていた時期だった。そしてアナログ盤を売っている店でスカやレゲエの7インチを見つけてレーベルに"Studio 1"と書いてあると迷わず買っていた。独特のいなたい音の感じと、どこか切ないメロディーがどのレコードからもきこえて来てまずはずさないレーベルだった。ジャズも一応聴いてはいたけれどもBlue Noteの完璧な音響と比べると、Studio1(だけでなくジャマイカ)の7インチにはジャケットもないしプレスもいい加減だし、演奏もうまいんだかへたなんだかわからないんだけど、その分なんだか身近でとっぽい感じがあって好きだった。もちろん今でもよく聴いている。
しかし思い入れがあるといっても、Studio1の総帥コクソンについてその人となりについて僕はほとんど知らない。ただ一時代を築いた名オーガナイザーだったことは違いなく、今僕らがやっていることに影響を与えた人物の一人であることも間違いない。レゲエのみにとどまらず、現在につながる音楽の歴史の中で彼が果たした役割はかなり大きい。おそらく彼がいなければ僕らの音楽生活もまた違ったものになっていただろう。ジャマイカから遠く離れてただただ冥福をお祈りしたいと思います。
Recent Comments